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和田塾通信2014/09

2014年9月 和田塾通信

今月気に入った言葉、気になった言葉

『いろいろな人との出会いや様々な経験は、自分の人生を豊かにするし「未だ見ざる私(自分)」に気づくことでもある』

子供に対してあれをしてはダメ、これをしてはダメ、とよく言ったことを反省している。そういう自分は好き勝手にやってきた。そしていろいろな人と出会い、いろいろなことを経験させてもらって、今の自分になっていることを、今ごろ気づく私である。

「資本主義の終わり論」が言われ始めている! その根本にあるのは「富の格差である」

このテーマは、かなりセンセーショナルなものだ。結論を出すことはなかなか難しいが、「これからの日本の姿」という視点でとらえると我が事として少しは考えられるかもしれない。
約150年前の明治維新により、日本では、それまでの武士の時代が終わり、欧米から近代文明を取り入れた。
それから150年がたつが、経済のシステムは文明と同様に、「資本主義」という自由経済の仕組みや、国家運営の三権分立「立法、司法、行政」の考えを導入した。これは権力の濫用を防ぎ、国民の政治的自由を保障するため、国家権力を立法、司法、行政の相互に独立する3機関に委ねようとするものである。
日本は、第二次世界大戦において敗戦国になったものの、米国の同盟国になって、米国の主導により、戦後復興を成し遂げ、世界の国々が驚くほどのスピードで立ち直った。
これも資本主義の根本主義である「自由と競争の原理」があってこそ、日本の立ち直りが驚くべきスピードで復興したことは、誰もが認めることであろう。
戦後、世界は「東西冷戦」と言われたように、米国を中心とした「資本主義社会」と、ソ連や中国を中心とした「社会主義や共産主義」に分離し、冷戦状態が続いたが、1980年代の「ベルリンの壁の崩壊」に象徴されるように、ソ連は市場経済(資本主義)の導入をしたし、また、中国も共産党が中心になって、市場経済を導入した。
しかし、ソ連(ロシア)や中国が、ヨーロッパや米国型の資本主義になったかというと、完全に「Yes」とは言えない。この二国においては、まだあまりにも国家の介入が多いし、軍の力も強い。
そして「地下経済の力」、つまり国家権力に対する、汚職によるお金の流れが今なお平然と巨大なパイプラインのように存在している。このような状態で「自由な資本主義」といえるのか疑問である。
しかも社会主義が行き詰まり、市場経済(資本主義)を導入したものの、これらの国に存在する問題は、以前よりもさらに拡大している「富の片寄り」だ。つまり「格差社会」がさらに進行した様相となっている。
今、中国で最も懸念されているのは「都市と地方の格差」「富める人と貧する人の格差」による不満だ。この解消が、最大の政治的課題であり、社会的な問題なのである。
世界は、ほとんどの国が資本主義下の経済システムに入っている。日本は米国追随型の資本主義をとって工業中心の経済社会になり、そして現在は、情報や金融、サービスが中心の社会に変貌を遂げつつある。
しかし、高度経済成長から成熟国家に入り、とりわけ少子高齢化は思いもよらないスピードで日本の社会や経済を変えつつある。国の借金は1000兆円を超え、毎年、社会保障費は税収をも超える50兆円を必要とする。そのために消費税を5%から8%にし、来年には10%になる予定である。
専門家によると、今の日本の財政状況から、社会保障費だけでも、消費税は35%は最低ないと賄うことは出来ないという。
今、日本が立っている地点から未来を見れば、高度経済成長期の頃の成功体験を除去しなければならない。それは簡単な理由である。国民の平均年齢は、50年前は20代後半ぐらいであった。今は45歳を超えている。16年後の2030年には50歳になる。つまり日本は「老齢国家」にならんとしているのである。
生産人口(働き手)も減る。このような状態で、今まで日本が成長システムとして、国家、経済の運営の根幹としてきた資本主義そのものが通用するのだろうか?
資本主義の発生そのものは、産業革命によってであるが、当初から資本家と労働者の役割分担は明確であった。だからその後も常に「労使の対立」は常態化するし、労働者の身分、立場を守る「労働組合」をも生んだ。
しかし資本主義は、その都度様々なことを飲み込んできた。そして日本が1980年代後半から陥ったバブル経済を境に、金融が世界経済の根幹をなすようになってきた。いわゆる「金が金を生む経済」「金融が経済を牛耳る」といわれるような状態が、実体経済とはかけ離れたところで動いている。
1980年代頃から、マネーゲームと金融肥大化がより一層明確になった。これを米国流の金融資本主義と呼ぶが、これが「世界化」してきている。
しかし、2008年の「リーマンショック」に、多くのマネーゲームを生んだウォール街の輩(やから)であるリーダー達は、これを「グリード(強欲)の成せること」と自ら称し、自戒したかのようであったが・・・。
だが新しい強欲達はさらに進化していると言われている。世界の実体経済は、国内総生産(GDP)の総和とすると、約72兆ドル(日本円で約7,200兆円)で、金融市場の規模はこの4倍を超えると専門家は推計している。
これほど肥大化したのは、ITとFT(ファイナンシャルテクノロジー)、金融技術が融合したためで、今や各国の証券取引所はネットで超高速取引ができる。金融のメカニズムが変わり、工学系の卒業生が金融を支えていることから、裾野の産業を金融が急激に乖離している。このようなことも資本主義の歪みを生んでいる。
元金融アナリストで、現在、日本大学教授の水野和夫さんの近著「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)が売れている。水野さんの持論は「資本主義の役割は終わった」であり、次のようなポイントを指摘している。
『資本主義は「中心」と「周辺」で構成され、アフリカ市場などの「周辺」を広げることにより、「中心」である先進国の利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステムだ。だが、もはや「地理的・物的空間」の周辺は残っていない。
利潤をあげる空間のないところで無理やり「電子金融空間」をつくって利潤を追求すればバブルが起き、その崩壊のしわ寄せは格差や貧困の形で弱者に集中する。もう一つの資本主義の終焉を示すのが、利子率の低下だと指摘する。
日本、ユーロ圏の政策金利はおおむねゼロで、10年物国債は超低金利。金利は資本利潤率とほぼ同じ。資本主義の基本的な性質は、資本を投じて拡大再生産し、利潤を得て資本を増殖させることだ。
だから利潤率が極端に低く、資本の自己増殖が不可能になってきたことは、資本主義が機能していないことを示す。
地理的(量的拡大)にも、質的側面(単位当たり利潤率)からも、利潤が増やすことができなくなっている。資本主義を資本が自己増殖するプロセスだと捉えれば、資本主義は終わったと言える』。つまり先進国は、低成長経済が続き、資本主義システムの限界がきているのではないかということである。
今、フランスの43歳の経済学者、トマ・ピケティの著書「21世紀の資本論」がとりわけ米国で話題になっている。この本では「貧富の格差」を100年にわたるデータをもとに「格差」に目を向け、今の資本主義システムは、今後さらに「富と所得の格差の拡大、それ自体が資本主義経済に内在する」と指摘し、今後、大きな社会的、政治的問題になるだろうとも言っている。彼の指摘は次の二点に集約されるという。
①先進国では長期的、趨勢的に労働分配率が低下し、資本への分配率が上昇している(つまり会社は儲かるが、働き手の収入は増えないということ)
②資本の分配率上昇の恩恵をより大きく享受しているのは、中間層ではなく、富裕層である
つまり、今の資本主義システムは、今後ますます「富の不公平」「格差社会」を増長するだろうということである
最近の一つの事例を挙げる。スマホゲームが流行っている。朝や夕の通勤電車で最近は見馴れた風景であるが、ある種、異常な光景である。多くの若者や中年がスマホから手を離さない。すでに400万人以上の依存症者が出てきているという。
スマホゲームの開発会社、ガンホー、コロプラ、ミクシィの3社の株式時価総額は、現在、約1兆8000億円である。新しいビジネスといえば、それはそれで評価されるだろうが、これらの会社のシェアを持つ株主はみな億万長者になっている。つまり「資本主義の富める者」だ。
しかし、このゲームに夢中になり、課金をする人達は「子供であり、所得年収で300万円以下の富めない者達」だ。ここに資本主義社会やシステムの矛盾が存在しているのではないかという指摘である。
話をはじめに戻す。アベノミクスの政策も息切れしてきている。現在、日本が抱えている多くの課題を乗り切り、新しい国の形を創れるのだろうか。それが出来てこそ、今までの資本主義を超える新しいシステムによって人口減社会、老齢化社会の日本を運営していけるのだが・・・。今、日本の戦後の成長を支えてきた「資本主義システム」そのものが問われているのである。

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