wada managment

和田塾通信2015/11

2015年11月 和田塾通信〔№67〕

今月気に入った言葉、気になった言葉

『時代が劇的に変わる時は、誰にでもはっきり分かるが、ゆるやかに変わりつつある時は、後になって、「あの時が潮目が変わった時だった」と分かるものだ!』

明治維新は江戸時代(250年)の全ての制度、価値観が変わった時であった。今、私たちは「情報社会」の中にいる。パソコンが当たり前、電車の中でもスマホは当たり前になった。この先、どうなるのだろうか?分からない。しかし、少子高齢化がもたらす劇的な変化は、20年から30年後にはっきり分かるだろう。

バブル経済崩壊、そしてインターネット時代に突入

前回、狂乱のバブル経済について書いた。バブル経済の復習として再考すると、経済学では「概ね不動産や株式をはじめとした時価資産価格が投機によって経済成長以上のペースで高騰して、実態経済から大幅にかけ離れ、しかし、それ以上は投機によって支えきれなくなるまでの経済状態を示す。多くの場合は、信用膨張を伴っており、投機が停止すると、一転して信用収縮に陥る」としている。
まさに、根拠なき金融の過剰流動性に陥ることでもある。2,000万円で買ったマンションを5,000万円で買いに来る、5,000万円で買ったマンションを1億円で買いに来る、こんなことが日常茶飯事のように自分に起こったら、よほど欲のない人間か、冷静沈着な人でない限り、フラフラと心が揺れ、平常心で考えることができなくなるだろう。
銀行も後を押すように、お金を融通してくるわけだから、つい手を出してしまう。これが狂乱バブルであった。しかも株式のことを知らない主婦の人たちまでも株に手を出していったのである。
日本人は戦後、「インフレ」と「土地値上がり」ということを体験した。特に後者のことであるが、昭和35年(1960年)から昭和40年(1965年)くらいに、地方から首都圏に働き手としての人が流入し、サラリーマン社会を築いた。このサラリーマンにとっての夢は「住宅を持つこと」であった。借金をしてまで自分の家を買う、それが「男子一生の財産づくり」でもあった。
孟子の教えに「恒産なきものは恒心なし」がある。つまり、一定の生業や収入のない人は常に変わらぬ道徳心を持つことはできない。生活が安定していないと、精神も安定しない、というものである。このような教えが日本人の心の底に浸みわたっている。
そして土地を買っていればインフレになり、必ず値上がりもするという「土地値上がり神話」も築かれた。現実に、日本経済は成長し、毎年10%近い経済成長を続け、収入も増えたし、同時に物価も値上がりしていった。
こういう体験が日本人の中にあるから「値上がりする」「今のうちに買っておいた方が得だ!」という考えが、日本人の中に刷り込まれていったのである。
バブル経済とは、国家(=政治、行政)の無策の結果であるが、多くの民衆が狂乱に巻き込まれたのは、戦後の日本人が体験してきた「値上がりする」という魔法の言葉にひっかかってしまったことも遠因の一つであると思っている。
80年代後半、バブルで市場にはジャブジャブにお金があふれたが、1990年に入ると、日本銀行はいきなり元栓を締め始めた。それは「バブルの崩壊」そのものを意味する。
一般的にバブル崩壊期間(「第1次平成不況」や「複合不況」とも呼ばれる)は1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期をさす。
その最大の出来事は、前回も書いたが、1989年、東証1部に上場していた株式の時価総額は611兆円あったものが1992年2月には269兆円と半分以下になってしまった。不動産にしても、全国の地価は1992年から下落し始め、1993年には全国の商業地は平均で前年比10%以上の値下がりを記録した。
金融機関、また貸出先の企業にとっての最大の問題は「不良債権」であった。景気が後退し、地価、株価が下落すると共に、従前、金融機関が多額の融資をしていた企業の業績も悪化、返済が順調に行えない企業も現れた。
その筆頭が不動産や建設(ゼネコン)、ゴルフ場などであった。返済に支障が予想される場合には、リ・スケジューリング(リスケ)を行ったり、実際に返済が滞った場合には、不良債権に区分し直したり、引当金を積みます必要もあるが、銀行もそれをする力がうせていたのである。
そして銀行への資本注入のための公的資金枠は、1999年12月、70兆円にまで積みますことが決定された。
しかし、全銀行の不良債権の純損失の総額は100兆円という規模になった。日本のバブル崩壊で発生した不良債権は約200兆円と言われている。バブル経済までのことは前回も書いているので、参考にしていただきたい。
さて、日本がバブル経済に狂い、そして、崩壊をして、メチャクチャな状況になっている頃、米国では、情報社会=インターネット時代が幕をあけ、新しい時代を迎えていた。この情報社会の到来を、米国では既に1970年代に入る頃から「工業社会の後に来る社会、すなわちポスト工業化社会(脱工業化社会)は「情報社会」であると、多くの学者などが唱えていた。
つまり、情報に価値が生まれ、情報そのものが経済的な資源であり、その獲得と分配が競争上の優位性を生み出すという考え方である。
実際に、情報分配を促進するための基礎をなす仕組みを作成することによって、ビル・ゲイツが創業したマイクロソフトは世界中で最も大きな影響を与える会社の一つになった。
そしてその後、アップルやグーグルなどのいわゆるIT企業といわれている情報社会を代表する会社が米国では続々と生まれたのである。
情報が価値をもち、そして欠乏することがなくなった瞬間に「知識経済」であり、「情報経済」が始まったのである。それまでは、テレビやラジオ、そして固定電話も情報を得るための道具であり、メディア産業であり、情報通信産業であった。
そして1980年代から始まった情報社会は「情報技術に関する技術革命が次から次に起こり、技術革命によって大量に情報を欲する人たちのそれぞれのニーズに合った情報を収集することができるようになった。「いつでもどこでも誰からでも安いコストで・・・」という条件をクリアしたのである。そして
①パーソナルコンピュータ(パソコン)
②パソコンをつなぐネットワークの技術
③パソコンを動かすオペレーションソフト
④大量の情報を圧縮するデジタル技術
⑤携帯電話の開発・普及
こうしたものの開発が進み、普及し、パソコンや携帯電話のコストはどんどん安くなり、今では誰でも購入できるほどの価格になっている。
 1980年代から始まった情報革命を未来学者、アルビン・トフラーは「第3の波」と称した。1990年代から本格的に始まった「インターネット」と「モバイル(携帯電話)の革命、革新」であるが、アルビン・トフラーは、「全世界的に情報を誰でも収集でき、それを経済価値として、ビジネスとして成り立たせることができる時代が来た」ということを1980年代の初頭に指摘していたのである。その頃は、インターネットというものは存在していなかった。
 その頃、米国では、既に金融資本主義が進化しており、次から次へと新しい金融商品が開発され、新しい成長分野と見なされていたIT業界は金融、特に投資金融の標的になった。
一方、1990年代後半の日本経済は、山一證券や北海道拓殖銀行などがバブルの痛手から破綻する状況で、一種の恐慌になり落ち着かない状況にあった。
その時に米国からITバブルが発生したのである。その原因は、日本が1980年代後半に過剰流動性によって、バブル経済になったように、世界的に過剰流動性が高まったからである。
当時は、先進国での金融緩和(政策金利が下げられる)時代で、新興国(特に東南アジアなど)やヘッジファンドの投資マネーが一気に引き上げられ、金融緩和でダブついた資金が大きな投資先を二つ失う状況になった。 
新しい産業構造転換と共に、その資金が向かう有力候補として、情報社会を担うIT(コンピュータやインターネットの関連企業)が台頭してきたからである。
それを決定づけたのが、マイクロソフトが「windows95」を大ヒットさせ、世界的にパーソナルコンピュータが普及し始めたことである。マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツが世界一の大富豪となったことがITバブル加速のもう一つの原因であったと思われる。
多くのIT企業やベンチャー企業の起業家たちが「第二のマイクロソフト」を目指して、IT事業に突入、多くのベンチャーファンドや投資家がIT企業に投資を始めたのである。
マイクロソフトの時価総額は1999年に6,000億ドル(約60兆円)を超えた。しかし、巨額の利益を上げていたマイクロソフトはまだしも、赤字続きのアマゾンの時価総額が300億ドルを超えたり、AOL(アメリカン・オン・ライン)社のPERが700倍(時価総額1,600億ドル)になったり、何の会社だか分からないようなシスコ社の時価総額が5,000億ドルを超えたりと、異常な状態になった。
日本でも同様のことが起こり、NTTドコモの時価総額は42兆円で、日本一になったし、まだ海のものとも山のものとも分からなかったソフトバンクも、時価総額は21兆円になり、トヨタ自動車の16兆円を超えた(2015年10月23日現在、ソフトバンクの時価総額は約8兆円、トヨタは約26兆円である)。
そして携帯電話販売で急成長した光通信はたった60億円の黒字見通しの時に時価総額6兆円強になるなど、IT関連株の驚異的な高騰が起きたのである。
今でも忘れられない話しがある。ある若い女性が日本ヤフー株を確か200~300万円で購入したのだが、それが2億円になったという話を聞いたことがある。これなどまさしくバブルの極みである。
しかし、そのITバブルも僅か2年ほどで萎んでしまった。この時に生き残った会社、沈んでしまった会社に当然分かれた。バブル経済はまさにそんな悲喜劇を生むものなのである。
2008年のリーマンショックにしても、米国の不動産ファンドに端を発した不動産バブルであったことは耳新しい出来事だ。
今は中国のバブルが心配されている。中国の実態の真実は、数字上からは分かりにくいが、ある分析によると、株式暴落は500兆円強、地方負債は480兆円、銀行の不良債権は35兆円強、などといわれている。「1,000兆円の破綻」になるわけだから、空恐ろしい。
実際は分からないが、直近のマスコミ発表などでも中国の経済減速は明らかのようだ。バブルとは、人間の欲から始まり、熱狂がさめた時に崩壊することから、学者ですら「理論価格以上の高騰、ゆえに崩壊など理由はない」と言い放つ。
会社経営の視点からみると、私もこの30年ほどでいくつかのバブル経済を経験してきた。しかし、着実にインターネットが普及し、ITバブル崩壊後にアップルはiPhoneを、そしてタブレット、iPadまで発売し、世界的に大ヒットさせてきた。
現在では、コンピュータに加えて、各種の携帯電話、ゲーム機、家電、産業機器などがインターネット端末機能を持つようになった。接続形態も従来の有線やダイヤルアップ接続に加えて、各種の無線通信が一般化した。
インターネット上で使用可能なサービスも、当初の電子メールやファイル転送などからWorld Wide Web(WWW)、インターネット電話、検索エンジン、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などに広がり、米国のフェイスブック、ツィッター、日本発のLINEなど様々な企業が生まれてきている。
先行組のグーグルやヤフーなども新しいサービスと提携することによって「インターネット経済圏」を生んできている。その代表的なビジネスが「E-コマース」だ。アマゾンや楽天はその代表的な企業になった。ファッションでは「スタートトゥデイ」などが生まれ、成長している。
Eコマースによって、新興の中小ベンチャーにとってもビジネスチャンスが広がっている。そして何よりアップルのiPhoneに代表される「端末機」の世界的普及は「情報社会における人々のライフスタイルはこのようなものか?!」と思われるような状態を作り出している。
iPhone一つあれば、あらゆる情報が収集できる。地図も見られる、写真も撮れる、SNSによって友達とコミュニティーをつくれる、チケットを買える、オサイフにもなる。そこに新しい情報をビジネスとして提供する会社も出現した。「クックパッド」やMTIの「ルナルナ」など、数え切れないほどである。
これからは、コンピューティングの利用形態として、クラウドコンピューティングサービスがあらゆる分野で普及するだろう。
これを使ってソリューションサービスを提供する会社は「新しいタイプの企業体」として成長する可能性がある。
「失われた20年」と言われてきたし、ITバブルも経験してきたが、着実に新しい情報社会の産業にシフトしていることは事実である。この波に乗れない会社には成長もないし、生き残ることも難しい時代に入ってきている。

株式会社和田マネイジメント TEL 03-3457-6551

PAGETOP
Copyright © 和田マネイジメント All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.