和田の本棚(2017.12 №3)

和田の本棚

和田の書棚から「気になった一冊」をとりあげて紹介いたします。

 

著 者:中桐 万里子

発行所:致知出版社

2013年4月18日発行

定 価:1400円+税

読書所要時間:約60分(185P)

 

 <本紹介>

流布している謹直なイメージとは異なり、好好爺とした「慈愛に満ち溢れた」金次郎の姿が伝わってきます。「いつでも勇気を、希望を、楽しくワクワクしたものを、誇りをくれる人」、お説教としてではなく、軽やかに、ちょっとした笑いも含めて痛快に語り上げる金次郎の「とっておきの教え」が平易な文章で綴られています。

 <気になった言葉>

○金次郎流に世界をとらえるなら「どうにもならない」という言葉には必ずつづきがあります。「だったら○○すればいい!」、どうにもならないことの中にたたずみ、グルグルと思い悩み、嘆き悲しむことは一歩を踏み出す力を奪い、わたしたちを泥沼にぶくぶくと沈めます(17P1L~)

○運がよくないわけでもなく、神明の加護がないわけでもない。それが神明の加護であり、運がよいということなのだ。ただおまえの願っているところと、することとが違っているのだ。おまえは瓜をうえて茄子がほしいと思い、麦を蒔いて米を望んでいるのだ。願うことができないのではなく、できないことを願っているからだ(92P5L~)

◎親や先祖が、先生や友人が、暮らす地域や自然が、先人先輩が、同時代を生きる同士が…たらいを満タンにしてくれた。ワクワクするようなその感激こそが「この水を他者にも受け取ってほしい!」という欲求を生み、この欲求が人を(…)駆り立てる(180P1L~)

※文中の(…)は「中途略」の意味です

 

[感想] 文中の『人生が愉快で、自分は幸せであるということを充分に味わっている姿』、そして『空の蒼さや、星の瞬きや、生きていることの尊さや、仲間から与えられた小さな行為への感動を見逃すことがなかった』が「道ばたに咲いている花を、あぁキレイだなって思わない?」とたま~に私に聞いてくる和田の姿に重なりました。「今、自身に与えられている幸福を充分に味わえる『知』」、なぜ、こういう価値観を語っているのか、その想いを読みとると、生きる=活きるための力につながりそうです。

[和田のコメント] 二宮尊徳こと、二宮金次郎の私のイメージは、小学校の学校の門の横にあったマキを背負って歩きながら本を読む姿である。子供の頃から家族のために朝早くから薪とり、夜は草鞋づくりをして一家を支えた勤勉と労働奉仕のお手本のような人だと学校で教わり、父母からも聞かされた。農民思想家として、今も語り継がれている人物であるが、現在の教育界では、「歩きながら本を読む銅像はよくない」と座っている銅像に変えられているというから残念である。