和田の本棚(2021.9 №47)

 

和田の本棚

和田の書棚から「気になった一冊」をとりあげて紹介いたします。

著者:五木寛之

発行所:ポプラ社(創立60周年記念特別作品)

2007年11月10日第1刷発行

定価:1100円(税別)

<本紹介>

変わる時代に、変わらないものはなにか。それは「人間の関係」だ。家族も夫婦もまず「他人」になることから出発するしかない。親子、兄弟、夫婦という人間関係の基本から、友情、恋愛、人脈など、いまこわれかけている人間の関係をどう回復するか。新しい希望はどこにあるのか。明日に生きる力を見出すために、五木寛之がはじめて自分自身の体験を告白しつつ書き下ろした全13章。

<気になった言葉>

〇作法というものは、一つの世界だけに通用する特殊なマナーであってはだめ…学んだ作法がすべての動作や人間関係におのずとにじみでる。それが作法の値打ち(125P後ろから2L~)

〇人間はすべて他人であり、その他人が共に生きることに意味がある(56P7~)

〇ホンネを人に見せるというのは、やはり甘えだろうと思います。人は死ぬまで、いや、死んでのちも正しく理解されるものではないのです。私たちは常に他人から誤解されながら生きている(194P1L~)

〇なんとなく鬱を感じている人は、生命力が心のなかにあふれている人です。エネルギーが出口を失って圧迫されている状態です。無気力なのではなく、気が出口をふさがれている。おさえつけられている…鬱を感じる人は、じつは自分の命は大きなエネルギーであふれているのだ、と考えればいい(211P後ろから5L~)

◎経済力は高くても、命の重さが感じられない社会。その典型が私たちの国…なにが理由か、…ぼくの心に浮かんでくるのは「人間の関係」がこわれつつある、という実感です(231P5L~)

…は中途略を表わします

[感想]

白髪と穏やかな笑顔の似合うダンディな人、私が読んできた女性誌などに寄せるエッセイや小説もそのイメージの範疇の中でした。けれどもこの書の文中には「戦争と敗戦によって生活が一変、家庭が崩壊していくなかで少年期を過ごした。活字の世界に逃避することでなんとか自殺せずに生きのびられたような気がします」とありました。

家族でさえ、身近であるが故に距離のはかり方が極端になりがち、がんじがらめでは困るけれど、人間はそんなに醒めただけの存在ではいられない、心の奥底では、そういうエネルギーの捌け口をもとめて、もしくは蓋をして右往左往している、筆者はそんな人間を「哀しいけれど愛おしい」という目で見ているように感じます。

一通りの挨拶程度ですますのはケガもないですが、今、みんなが人との距離を無難にと、おしはかりすぎているような気がします。「疲れ」を感じるのは、本来の行き場を失ったエネルギーの滞留のせいというのも大いに頷けます。

目に見えている部分はほんの一部、人は人を誤解しながら、もしくは自分のことも分からずに生きているのかもしれません。隣にいる人との関係を築いていく(続けていく、変化させていく)、そのための言動を、そしてその隣の人の言動を、決めつけることなく時には違う角度から、とまどいながら、迷いながらでも、できるだけ優しい視線で意識していきたいです。漫然と行きかう人だけの人はそのままでいいけれど、それだけではやっぱり「人間関係」はおもしろくないと思うので。

[和田のコメント]

私が五木さんの本に初めて接したのはもう50年余も前になる。「青春の門」である。この本に興奮したことを憶えている。全8巻、2,200万部という超ベストセラーであった。私から見ると、五木さんは作家を超えている人である。社会学者であり、心理学者であり、宗教研究家である。

だから特にこの20年くらい、五木さんが老境に入り始めた(現在89歳)60歳半ば頃から「現在の高齢者社会をどう生きるのか?」に関する著書を多く出されている。「下山の思想」「林住期」「百歳時代をどう生きるか」などである。

五木さんの考えは一見ネガティブにとらえられるが実は「あるがまま」「受け入れ」の精神で「いかに前向きに生きるか」であると私はとらえて「なるほど」という受け入れをしている。

私たちは生まれてから死ぬまで「人間の関係」なしでは生きていけない。でも最近は「孤独死」「独居老人」などと言われるように子どもや家族と無縁で、一人で亡くなる人が多い。とても残念なことである。五木さんはこの本の中で、どんな社会になろうと変化しようと頼れるものは「人間の関係」であると説く。そして三つの言葉が印象に残っている。

一つは「人を信じる」ということ、「信頼し、信用する」ということだと思います。もう二つは「励まし」と「慰め」です。これを仏教では「慈悲」と言います。私たちは常に「人間の関係」で悩み、苦しむと同時に心豊かな人生を歩んでいると思います。自分と人との関係を見つめ直す本としてお薦めいたします。